今回、これまでPicoCELAが研究開発を進めてきた技術をはじめ、現在の事業領域や今後のビジョンについて、代表取締役・工学博士の古川社長にお話を伺いました。
──現在のPicoCELAの事業領域について教えてください。
LANケーブル配線を不要にする「無線バックホール技術」や、通信ネットワークの「スモールセル」化(※注)の必要性については、これまで僕もいろいろなところで発信してきました。
※注「スモールセル」:携帯電話の基地局から電波が届く範囲は当初、半径数百mから数kmと広い範囲(マクロセル)だった。その後、地下街など電波が届きにくいところへも電波を行き渡らせるために狭い範囲(スモールセル)に対応した基地局が生まれていった。
我々は15年以上この研究開発を進めてきて、スモールセルを広げる基盤技術については、おおよそ確立できたと考えています。今後は、この技術を使って広まったスモールセルインフラを、どのように活用するのかというフェーズにきています。
ひとことで言うと“エッジコンピュータ”や“エッジクラウド連携”という話になるのですが。これからはスモールセルが、インターネットと端末の単なるゲートウェイではなく、もっと積極的な機能を提供するようになると僕は考えています。データをインターネットへ流すという橋渡し役だけではなく、スモールセルそれ自体がコンピュータのような動きをするようになるでしょう。
例えば、カメラをつけて画像認識処理を行って何らかの情報収集をしたり、物理的なセンサーをつけて取得情報をクラウドで流していくなど、そうしたソリューションがこれから注目を集めることになるはずです。
PicoCELAのソリューションについて詳細は、コーポレートサイトの「MARKETS」ページでなどで詳しくご紹介しています。
──新しいネットワーク技術は社会生活にどのような変化をもたらしますか?
例えば、社会インフラの情報化、数値化が進みます。どの場所にどのくらい人が集まっているのか、人がどのように街中や建物の中を回遊しているのかといった、これまで取得することが困難だった社会インフラに関連するさまざまな情報がとれるようになります。もちろん、個人情報には十分に配慮することが前提ですが。
あるネットワークインフラの中で端末の最も近くに配置されるのが「エッジコンピュータ」ですが、その活用法は他にもいろいろあります。ストレージもその一つで、ネットワークで配信されるコンテンツをエッジコンピュータにキャッシュする。すると、わざわざインターネットを経由してサーバまで行ってデータをとりにいくという必要がなくなります。爆発的なモバイルのトラフィック量の増加は深刻な問題になっていますが、その問題が解決する可能性があります。

エッジコンピュータが、スマートフォンの進化を加速させる
また、スマートフォンの使い方も進化させることができるのではないかと思っています。各ユーザーはスマートフォンに各種アプリケーションを入れていますが、アプリが自動アップデートをする際などにはその都度トラフィックが発生して、通信料もかかっています。これをエッジコンピュータで処理するようにできれば、スマートフォンの中にアプリを入れなくて済みます。エッジコンピュータ側がサーバの役割を果たし、そこからサービスを提供できるようになるのです。“シンクライアント”(※注)あるいは“SaaS”(※注)の進化したかたち、そういう時代がやってくるのではないかと思っています。
※注「シンクライアント」:端末側で持つ機能を最小限にし、処理機能をサーバで一元管理する仕組みのこと。
※注「SaaS」:ソフトウエアなどをパッケージ型で販売するのではなく、インターネットを通して必要な機能を利用する形態でサービス提供する仕組みのこと。
現在、スマートフォンにアプリを入れているけれど、そのほとんどが毎日使われているわけではありません。いまのスマートフォンはバックグラウンドで自動でアップデートするなどして、トラフィックの消費も大きくなっていますが、そうした問題をエッジコンピュータが肩代わりするようなイメージです。
これを実現するための基盤としては、例えばHTML5やWebAPIの技術があり、ブラウザさえあれば大抵のことができてしまう時代です。必ずしもスマートフォンの中に入っているネイティブアプリでないとできない、という時代ではなくなっています。エッジコンピュータと連携することによって、スマートフォンの未来もこれから大きく変わっていくのではないでしょうか。
我が社が開発する製品が目指している背景には、壮大な思いが込められています。
エッジコンピュータが日本だけでも数百万台広まったら、それは新しい大きなプラットフォームとなります。例えば、百万台のエッジコンピュータ上に、いろんなアプリを配信する仕組みをクラウドからできるようにすると、そのプラットフォームを使って何か商売をしたい、サービスを提供したいというデベロッパーがたくさん出てくるでしょう。
いまやグローバルなインフラ基盤となったGoogle PlayやApple App Storeで、アプリを開発してさまざまなサービスを提供するのと同じようなことが、エッジコンピュータのプラットフォームで行う。そんな世界を作りたいと考えています。
きっかけは、技術者としての「無線の未来」への考察
──そもそも、ケーブルフリー化やエッジコンピュータによるネットワークを作る技術開発をしようと思った、きっかけは、どのようなものだったのでしょうか?
僕は技術者ですから、いつも自然と「これから先の未来はどうなるのかな?」と考えていました。無線分野の未来を見据えた時、極めてシンプルに「今後は周波数が足らなくなるはずだ」との思いを持ったことが、技術開発のきっかけでした。そして、その答えは、スモールセルにあると。
このスモールセルを実現するためには、端末とネットワークをつなぐLANケーブルが邪魔です。だからLANケーブルがいらないケーブルフリーのための技術開発にずっと携わってきたわけです。しかし、電波の専門家から見ても、これは技術的にとても難しい問題でした(苦笑)。ずいぶん苦労しました。それでもある程度、動くものができて、さらに技術を磨いて製品化にこぎつけました。
ただ、LANケーブルがいらない製品、つまりハードは出来上がったのですが、同時に、「このハードを活用すれば、もっと面白いことができるんじゃないか?」という思いも、実は開発初期から抱いていました。当初は、エッジコンピュータにカメラをつけて、当時の画像解析プログラムを動かして、人の測位データの収集解析に取り組みました。やってみると、これもなかなか難しかったのですが……。
振り返ってみると、ケーブルレスのネットワークを実現するためのハード開発の先に、さらに大きなスモールセルの可能性が広がっていたということになります。

携帯電話の規格標準化(3G)に携わった20代
──技術者の視線で未来を見ている古川社長ですが、どのようなご経験をされてきたのでしょうか?
僕は、大学を卒業したばかりの若い時に、とても恵まれた研究環境に置いてもらいました。
当時、世界レベルの研究をしていた方々のそばで研究できたのが、いまの僕を形作っている大きな要因です。優秀な方々に囲まれて研究をする中で劣等感を感じながら、いつも「どうしたら自分らしさを出したり、自分がやりたいことができるか」と考えていました。そのぶん、ものすごく働きましたけどね(笑)。
21歳で大学の研究室にいた時には、小さな論文を二十数本も書きました。論文を書くのが面白くて面白くて!それが、学部を卒業する時に「大学に残って博士にならないか」というお誘いをいただくことにもつながりました。
また20代の頃は、NEC株式会社のネットワーク研究所にいて、携帯電話の規格(電波)の標準化の研究をしていました。携帯電話の第3世代移動通信(3G)の規格はこうあるべきだ、という世界規格を提言する研究です(※注)。この時、シミュレーション評価チームの日本代表に選ばれました。当時、大手キャリアさんですらまだきちんとした自前の評価シミュレーターを持っておらず、僕が研究で使っていたシミューレータを使っていました。
※注:第3世代移動通信の標準化:古川社長が考案した「基地局選択型送信ダイバーシチ方式」は、3GPPと3GPP2により世界標準化された。その後、第3.5世代移動通信(HSPA)、第4世代移動通信(LTE)、次世代の第5世代移動通信(いわゆる5G)の仕様へと引き継がれていくこととなった。
──携帯電話の黎明期……その頃から未来を見ていたのですね!?
いや実は……規格標準化の仕事をしながらも、その時には「これからはもう携帯電話の時代ではない」と見ていたんです。いまは携帯電話が花盛りの時代で、携帯電話が生活のあらゆるシーンで欠かせない存在になっていますが、僕はちょっと違う世界になっていくと考えていたんです。Wi-Fiみたいな無線技術が普及していくと。
もちろん以前と比べたらWi-Fiは普及していますが、さらに新しいケーブルフリーの時代が来ると直感していました。

「素は創造」~素直な心の先にあるクリエイティブな世界
──技術者・研究者としても活躍されてきた古川社長が大切にしているモットーや座右の銘はありますか?
そうですね。「自分に素直になる」ということを常に意識しています。長年、研究に携わってきましたが、自分の思い込みで取り組むと絶対に失敗するんですね。そんな研究生活の経験から、「素直な心で、曇りのない心で物事を見る」ということを大切にするようになりました。
「素直」と日本語でいうと、「従順な」といった少しネガティブな意味で捉えられることもありますが、そうでなくて、自分に対して素直になる、自分が違うなと思ったらその気持ちを大切にする、という意味合いです。
それから、座右の銘と言いますか自分で作った言葉なのですが、「素は創造」(そはそうぞう)という言葉が好きです。素直の「素」、元素の「素」。それを大切にしていれば、その先にクリエイティブな世界が待っている、という意味の言葉です。
昔、メジャーリーガーのイチローがなぜすごいのかという話を聞いたことがあるのですが、イチローはすごく素直で、他人の言うことをちゃんと聞ける人という話でした。やっぱり仕事でもそうですが、思い込みを捨て、物事を素直にとらえないと、どうしても意固地になってしまい、うまくいくこともいきません。そのためには、素直な気持ちで、物事を客観的に常に見るようにする癖をつけないとダメだということです。簡単なようで、とても難しいことですけどね。

福岡市の繁華街・天神地下街の無線LANは、PicoCELAの技術が導入されている。全長1.2kmの全域をPicoCELAのデバイスがカバーし、2011年9月導入から現在までに年間100万人以上の来場者に無料Wi-Fiアクセス環境を提供する。
リベンジポルノ、SNSいじめ、違法アップロード……そんな世界はおかしい
──最後に、古川社長が考える未来のネットワークインフラの“かたち”についてお聞かせください。
現在、インターネットは、あらゆる人間活動・生活に欠かせないインフラ基盤になっています。ただ、僕はいまのインターネットという場には問題があると思うようになってきました。
それは例えば、SNSやインターネットの掲示板が子どもたちのいじめの温床になってしまった事件が起きたり、リベンジポルノ問題に見られるようにインターネットに1回投稿したものが永遠に消えないこと、フェイクニュースが簡単に流せてしまって社会を混乱させてしまうなど、さまざまな事象で現れてきています。
「そんなのって、おかしいんじゃない?」と、僕は思うんです。
インターネットが、悪意を持った情報が勝手に増殖したり、いわゆる“掃きだめ”のような場所であったりするのは、やっぱりおかしい。そして、若気の至りで流した写真が一生残る、そんな世界を人類はいま初めて経験してます。
『マトリクス』という映画を知ってますか?まさにあの映画のようなイメージなのですが、ネットワークの世界を再構築して、よりよい結果が導き出されるまで何度も破壊して再構築する――。あれは映画の中の出来事ですが、現実世界にある技術も、ルータでつながっている世界、お互いが分離しているという世界、という意味では同じように捉えられるでしょう。人の心と心がつながった、健全なネットワークの世界へ再構築するべきではないかと感じ始めています。

徳島県三好市で開催された「ウェイクボード世界選手権大会2018in三好」では、LANケーブル配線の設置がほぼ不可能な条件の中、配線不要のエッジコンピュータ「PCWL-0400」を配備。地元ケーブルTV局による全世界向けWEB配信の中継をサポートした。
※詳しくはプレスリリースをご覧いただけます。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000035736.html
健全で快適なネットワークインフラを、未来の子どもたちへ
──健全なネットワーク。それはどのように実現していくのでしょうか?
情報発信する人は匿名ではなくてきちんと身元を明示する、あるいはオーソライズされた人が情報発信をするなどして、匿名の不確かな情報やフェイクニュースが流れないような仕組みを作る必要があります。
また、YouTubeなどでの違法アップロードによって、クリエイターが作ったものが無料配信されて正当な報酬が得られていないことなども大きな問題で、著作権管理へも目を向ける必要があるでしょう。このままのインターネットを放置すれば、早晩、戦争さえ起こるような危険な状態になっているのではないかと僕は思っています。こんな危険なネットワークを、子どもたちや未来へ引き継ぎたくはありません。
ネットワーク再構築の突破口は、モバイルです。
現在のネットワークアクセスのトレンドは、スマートフォンのように無線でつなげること。その最初の入口に、我々が提供するスモールセル・エッジコンピュータがあって、そこを健全な新しいネットワークの入口にする。健全なネットワークは、最初は、つまらないと思います。お堅い情報しかないかもしれない。でも、だんだんとそれが安心感になってくるはずです。
ネットワークインフラは普遍ではなく、人間の技術や知恵で、もっともっと良いものへと進化・創造できるはずです。今後も我が社は、製品やソリューションを介して、健全で快適なネットワークインフラのある社会実現に向かって貢献していきたいと思います。
──本日はどうもありがとうございました。
[取材:CROCO株式会社]